身体拘束とChoosing Wisely──尊厳を守る医療のために No61
- harmonia77
- 4 日前
- 読了時間: 4分
少し日数が過ぎてしまいましたが、Choosing Wisely Japan主催のZoom研修会に参加しましたので、テーマも大切な内容なので、「海外アクシデントシリーズNo4」の前にお話しをさせてください。
今回は、身体拘束とChoosing Wisely をテーマに、医療現場での尊厳と安全のあり方について考えます。内容はとても学術的で丁寧な知見に基づくものであり、精神科領域における身体拘束の歴史や背景への理解がとても深まりました。
過去の精神病院は閉鎖的で外との接触も狭いものでしたが、現在の精神科病院では開放化が進み、「閉鎖・抑制」という言葉は影を薄くしてきています。
しかし、私たちの身近な「日常の医療・介護現場」ではいかがでしょうか?
身体拘束とChoosing Wisely:医療現場で尊厳を守るために
認知症の患者さんへの転倒防止や一人歩きを「事故防止」という名目で拘束する。あるいは、術後などに生ずるせん妄による、管や点滴の抜去を予防するために行われる身体拘束──。
人は身体を拘束され、動けない環境(生活不活発病)になると、認知機能が落ち、身体機能も低下することが明確に分かっています。これがいわゆる高齢者の「フレイル」という状態です。安全を守るための行為が、結果としてフレイルを助長してしまっている。こここそが、Choosing Wisely Japanが指摘したい重要な問題提起だと感じます。
私たちの行動には必ず理由があります。「トイレに行きたい」「食べたい」「何かを確認したい」「違和感があるから原因を除去したい」など、その多くは生理的現象や心理的な欲求によるものです。

家族の想いと、病院側の「リスク管理」の壁
今回の研修の質疑応答で、ある患者ご家族の実体験が紹介されました。
頭部外傷で入院されたご家族に対し、病院側から「安全のために拘束をするので承諾が欲しい」と言われたそうです。ご家族は「そのような姿は見たくないので自分たちが付き添います」と伝えましたが、許可されず。「もし抑制をしないことで管を抜いてしまっても、決して病院を責めないという念書を書く」とまで申し出たものの、それも受け入れられなかったとのことでした。
私も長く医療の現場に身を置いていましたので、病院側の気持ちも痛いほど分かります。やはり「患者さん自身の安全のため」という大義名分のもと、体幹や四肢の抑制、手にミトンを被せるなどの対応をしていました。
この「身体拘束廃止」運動は1990年代後半から叫ばれていますが、病院側が「事故が起きた際の訴訟リスク」を恐れ、「承諾書さえ取れば……」という守りの姿勢になってしまい、なかなか完全な廃止に至らなかった歴史があります。
尊厳を守ることは、ケアの効率化にもつながる
しかし、今回の研修を通じて、単にリスクを回避するだけでなく、患者さんやご家族の思いや決定に沿う努力にこそ焦点を当てなければいけないと強く思わされました。
実際、人手の問題ではなく、身体拘束を廃止して見事に運営されている病院や福祉施設も増えています。 その方の生活時間に合わせてトイレへ誘導することで、紙おむつの使用率を1割以下に抑えている施設もあります。
私が医療者だった頃、紙おむつの使用に伴うお尻のトラブル(褥瘡・床ずれ)で入院される患者さんを多く見てきました。皮膚の深部まで届くような重度の褥瘡は、おむつ交換のたびに非常に時間を要します。
そう考えてみれば、「褥瘡を発生させないために、時間を合わせてトイレにお連れする」という関わりは、患者さんの尊厳を守るだけでなく、介護者にとっても長期的には「時間的効率の向上」というメリットになり得るのです。
対立から「納得の落としどころ」を見つけるために対話を
過剰な医療を避け、患者と医療者が共に対話してベストな選択をする「Choosing Wisely」の精神。
病院側の安全管理(リスクマネジメント)と、患者側の尊厳が真っ向からぶつかった時こそ、一律に拘束という手段を選ぶのではなく、「お互いの物語(ストーリー)を聴き、納得のいく落としどころを一緒に探るメディエーション的対話」も必要不可欠です。





コメント