海外旅行でのトラブル経験・その2 〜パリでの迷子 No58
- harmonia77
- 1 日前
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ある意味?私はおっちょこちょいでもありまして😁
今回は、私が経験した 海外旅行のトラブル の中でも、忘れられないパリでの迷子のエピソードをお届けします。
🗼 ベルリンの壁崩壊の年に、総勢20名で向かったヨーロッパ研修
36年前、1989年、「ドイツベルリンの壁崩壊」と言う出来事がありました。お若い方は、歴史のような感覚でしょうね。
私は、丁度その頃、大学病院から研修旅行で20名くらいの人数でしたでしょうか?ヨーロッパへ行きました。その際の出来事を今回はお話をしたいと思います。
北欧を中心に回ったのですが、帰国前にパリにも寄りました。その際のことです。
🗺️ 「一度来たから大丈夫!」パリの路地裏での大迷路
宿泊のホテルから、ディナーを予約したレストランは徒歩で直ぐとのことで、皆で歩き始めました。パリの凱旋門が立っている通りは広いのですが、一歩住宅街に入るとそこは路地。
でも、私は一度来たことがあり見たような角もあり、皆さんを連れ、「こちらの方向で間違いはありません!」とばかりに先導。
しかし、なかなか行きつきません。そこで、歴史ありそうな仕立て屋さんに入り、英語で場所を教えてもらおうとしたのですが、今では違うと思いますが、当時のフランス人は、英語を話せても話せないと言われ、フランス語しか話してくれませんでした。結果、教えてもらえず。
💥 レストランの玄関前で、見事な「大の字転倒」
そうこうしている間に、仲間の何人かが、レストランの場所を見つけてくれて到着することが出来ました。
時刻は、既に予約の時間を少し回っていました。
私は、慌てて、少し駆け足気味で玄関口に…「バタン!」
何と、私は、そのレストランのドア前で大の字に転倒(ノД`)・゜・。
お恥ずかしい限りでした。大きな怪我はなく無事帰国も出来ました。

帰国後、旅行時の副団長をされていた師長さんが亡くなりました。そして、昨年、旅行中や帰国後も細やかに参加者への気配りをしてくださっていた方が亡くなりました。
💐 鏡を見るたびによみがえる、大切な先輩の愛おしい思い出
ここで、ちょっとだけ、すでに亡くなられたその方の思い出を語りたいと思います。
その方は、私の兄と同じ年齢。何か困った時にそっと力を貸してくれる存在になっていました。いいえ、その方ともう一人の方も一緒にですが、ある時、私の誕生日と言うことで、お二人からお花を頂きました。男の方からの贈り物など余り無い経験なので、とっても嬉しかったことを覚えています。
が、その花は……スーパーで並んでいる仏壇用の菊の花でした。彼らは、それを知っていたのか知らなかったのかは分かりませんが……自宅に持ち帰り、仏壇に供えさせていただきました。
もう一つ、今でも、化粧をする際に思い出すことがあります。私が手術で入院しているときに見舞いに来て、「お歯黒みたいだね!」の言葉。
歯に衣を着せない人で、私は眉が薄く入院中は眉を書いていなかった為なんですが……。そう、その為、化粧をするたびに、懐かしく、寂しいなと思い出します。
🌱 時代を越えて続く絆を胸に、また今年の夏も
帰国後、一緒に行ったメンバーから、「あの時の迷子になったのは、楽しい思い出になったので、継続して集まる会は『迷子会』と命名。毎年集まりましょう!」と言われ、既に36年が経過をしていますが、年に1回のペースで開かれています。
年々参加者も少なくなってきていますし、参加者の年齢も高くなり、皆さん、体調にも不安が出て来始めてきていますが、また、今年の夏、皆さんとお会いしたいと思っています。





迷子会……いい名前ですね。今も続いているのは尾高さん皆さんのお力ですね。
笑いをいただきました😄😉ありがとう🍧🐮🎶🐮🎶