癒し 癒される関係 — 20年の時を経て繋がる魂の記憶【No.34】
- harmonia77
- 1月23日
- 読了時間: 4分
<はじめに:癒し 癒される関係の原点>
このブログでは、私が大切にしてきた「癒し 癒される関係」について綴っています。
前回のブログ(No.33:保護犬の老犬を引き取る責任-殿ちゃんの看取り 後編)の最後に掲載した、一枚のイラスト。 作成したのは2004年のことでした。当時の私は、非常に厳しく、かつ孤独な環境の中にいました。今回は、あのイラストに散りばめた「感情の言葉」と、そこに込めた私の祈りについて綴ります。
<左遷という現実を乗り越えた、アメリカへの挑戦>
私の人生において、2004年に至るまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。 長年勤めた大学病院から出向を命じられた際、それは事実上の「左遷」に近い処遇でした。言葉にできない失意の中で、私はその現実を乗り越えるため、ある大きな決断をしました。それが50歳を前にした、2年間のアメリカ留学でした。(参照:No.6:50歳を前に、私がアメリカ留学を決めた理由)
逃げるのではなく、自分を磨き直すための挑戦。その道を歩む私を、ずっと見守り、応援し続けてくれた方がいました。かつて大学病院で職員課長をされていた方です。私にとって、人生の分岐点で支えてくださった、かけがえのない恩人でした。
<恩人から託された「新しい風」>
帰国後、その恩人から一本の連絡が入ります。 紹介されたのは、組織の再編という大きな波の中にあり、存続の危機さえ囁かれていたある病院でした。病院長は、閉塞感のある現場に「新しい風」を吹き込むことを切望されており、恩人は私のこれまでの努力や留学での経験を信じて、私を現場の責任ある立場として推薦してくださったのです。
「あなたならできる」——。その信頼に応えたい一心で、私は未知の現場へ赴くことを決めました。しかし、待っていたのは想像を超える逆風でした。私を批判するビラが掲示されるなど、現場には負のエネルギーが渦巻いていました。
<イラストに刻んだ感情と癒し 癒される関係>
その頃の病院内には、不満や不信といったマイナスのエネルギーが満ちていました。 そんな中で、まずは目の前の課題であった救急車の受け入れ体制の見直しに着手しました。受け入れ拒否の実態を毎月細かく調査し、データを基に管理者会議で改善を提案し、一歩ずつ現場を変えていきました。また、私が管理者としてではなく、一人の「仲間」として歩み寄るために企画したのが、地元の子供たちによる「絵画展」でした。
このイラストは、その広報用に私が自ら作成したものです。 イラストの周囲に散りばめた言葉を見てください。 「怒り」「悔しい」「悲しい」「恐怖」「苦しみ」「痛み」……。 これらは、当時の私が院内でぶつけられ、あるいは私自身が抱えていた、剥き出しの感情そのものでした。
私は、こうしたネガティブな感情こそ、共有が必要だと考えました。一人で抱えれば倍増してしまう苦しみも、誰かと分かち合い、理解し合える関係を築くことができれば、必ず半分にできる。そしてその先には、**「安らぎ」「嬉しい」「優しい」「憩い」**といった温かな光が待っている。
中央に記した**「癒し 癒される 素晴らしい関係」**という言葉は、そんな殺伐とした環境に対する私なりの抵抗であり、心からの祈りだったのです。

<孤軍奮闘、絵画展までの道のり>
絵画展の実現までは、まさに孤軍奮闘でした。 運営費は、職員一人ひとりが「自分たちの場所を良くしよう」と心を寄せるきっかけにするため、あえて有志の募金で賄うことにしました。
昼休みや休日を使い、一人で教育委員会や小中学校を回り、交渉を重ねる日々。募金が足りない分を自ら補填することもありましたが、このイラストに描いた「感情の共有」が実現できるなら、全く苦にはなりませんでした。
<恩人への最後のお礼>
私を信じ、この場所へと導いてくれた恩人は、その後、末期がんで帰らぬ人となりました。 亡くなる直前、私はご自宅を訪問させていただき、その頃習得したアロママッサージ(ミュスクルランフ)の手法で、恩人の四肢をそっとマッサージさせていただきました。
それが、私にできる精いっぱいの感謝の印でした。恩人の手を握りながら、私はこのイラストの言葉を反芻していました。たとえ言葉は通じなくても、手が触れ合うだけで心が通う。誰かが傍にいて想いを共有できれば、そこには必ず「安らぎ」が生まれるのだと。
<20年後の答え合わせ>
私が退職した後も、あの絵画展は継続されたと聞いています。当時の職員の皆さんと共に蒔いた種は、今も誰かの心を癒しているでしょうか。
2004年、重圧の中で夢見ていた「癒し 癒される 関係」。 それが20年後の今、殿という一匹の老犬との暮らしの中で、これほどまでに純粋な形で結実したことに深い運命を感じます。
「癒し」とは、一方が与えるものではなく、魂と魂が触れ合った時に生まれる温かな循環。 恩人が私を信じてくれたように、殿が私を信じてくれたように。 私もまた、このイラストに込めた願いを胸に、これからも発信を続けていきたいと思います。
※次回こそ、先にお知らせをしていたAPCについて掲載します。





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