4月からの道路交通法改定【後編】横断歩道での歩行者優先と、道路上の関係性を考える No48
- harmonia77
- 2 日前
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前編では、自転車や自動車での事故と心の葛藤について書きました。
ここからは、歩行者について書きたいと思います。
右折車に巻き込まれた事故
2匹の保護犬シーズーを飼っていた時のこと(2020年代)。シーズーは我が家に来たときは2匹とも4歳を過ぎていました。10年経つ頃には2匹とも散歩はスムーズではなく、途中で、一匹を抱えて散歩しなければいけないことが出てきたため、ペット用のカートに入れて散歩することが増えてきた頃でした。
自宅近くの横断歩道を2匹ともカートに入れて横断していました。横断歩道を渡り切ろうとしていた時、右折してきた車が私たちを巻き込みました。
私も犬たちも完全にパニックになっていました。一匹の犬がカートから抜け出し、道路の反対側、渡って来た方へ走り出していきました。
「きゃぁーーーーー!!」「助けてーーーー!!」と私は奇声をあげていました。
それは、私がひかれての状態ではなく、その犬が反対側の道路で他の車にひかれるのではないかと咄嗟の恐怖でした。周囲は、唖然とした状況でした。私も、その場所で倒れていました。
幸運なことに、犬用のカートはペチャンコに壊れましたが、それが私を防護してくれて、私はケガもありませんでした。
そして、誰かが救急車を呼ばれたようで、私は救急搬送されました。その際、犬たちは、近くにいつも行くトリマーさんが居て、いつも行く動物病院に連絡を入れて預かってもらえました。
わたしも、幸い、検査の結果外傷もなく帰宅出来ました。
しかし、この後が大変!この事故は、私にとっても、犬たちにとってもPTSD(トラウマ)の状態になってしまい、しばらくの期間、横断歩道が渡れなくなったんです。
横断歩道と歩行者
最近のことです。
私は毎日、遊歩道になっている川沿いを3~4㎞ウォーキングすることを日課にしています。
爽やかな朝のルーティン、川面には鴨やカワウ、そして、散歩中の犬たちと挨拶するのも楽しみです。
ある日のこと。その川の橋には必ず両岸に横断歩道があるのですが、一か所だけ、片側のみしかありません。
その日、その場所に来た時、いつもより交通量が多いため、横断歩道ではありませんでしたが、手を挙げて合図をしました。
そうしましたら、一台の車、まさかのジェスチャー対話で、止まってくれるかと思いきや、車の運転手さんは窓越しにビシッと指差し! 「横断歩道はあっちだろ!」と言わんばかりの勢いで、颯爽と走り去って行かれました。
「あぁ、止まってくれないのね……」と私は呆然と見送りましたが、その車の運転手の方が、手で、向こう岸を指差したのは、『ここは横断歩道はないが、向こう岸には横断歩道があるから、向こう岸へ行け』とばかり言うような合図でした。
しかし、皆さん、想像してください。私は、こちら側の川べりを歩き、次の次の橋を渡って、向こう側の川べりを歩いて戻ってくるコースで歩いているんです。
向こう岸に渡ってしまったら…。
そして、もう一つ、向こう岸へ渡るとしても、歩行者用の橋は、私のその場所からは車道を渡らないといけない状況なのです。どうしたら良いのでしょうか?
☆法律では、近くに横断歩道があればそこまで歩かなきゃいけない☆けれど、この橋の構造だと……さすがに川を泳ぐわけにはいきませんものね!
そして、☆法律では『横断歩道がなくても歩行者優先』☆なんですけれどね(苦笑)。
でも、あの運転手さんの『あっちに行け!』という力強い指差し、ある種の見事なコミュニケーション(?)だったかもしれません。
目指したいのは「お先にどうぞ」のサイクルにしたいですね! 「ルールを知っていること」と「相手を思いやること(接遇)」は車の両輪。指を差す代わりに、ふっとブレーキを踏んで「どうぞ」と微笑み合える。そんな「関係性の力」が道路の上でも溢れたら、その日一日、きっと素敵な日になりますね。
そして、最近のウォーキングコースは、横断歩道を渡るため、最初の暫くは、川に向かわず、住宅街を抜け、川から80mほど手前の横断歩道を渡ってから、川沿いに行くようにしています。横断歩道でも、止まらない車はありますが、安全第一ですから!!

少しだけ、道路法を!
●横断歩道のルールは
横断歩道がある場合(第12条)
付近に横断歩道があるときは、必ずその横断歩道を渡らなければなりません。
「付近」の定義は明確ではありませんが、一般的には30〜50メートル以内に横断歩道があれば、そこまで回って渡る義務があると解釈されます。
斜め横断の禁止(第12条2項)
道路を斜めに渡ることは、歩行距離が長くなり危険なため、原則として禁止されています。
車両の直前・直後の横断禁止(第13条)
走行中の車のすぐ前や、停車中の車のすぐ後ろから飛び出すような横断は禁止されています。
●横断歩道における「車の義務」(第38条)
ここが最も重要で、取り締まりも強化されているポイントです。車(自転車含む)は、横断歩道に歩行者がいる場合、以下の義務があります。
横断しようとする歩行者がいる場合
横断歩道の手前で一時停止し、歩行者の通行を妨げないようにしなければなりません。
歩行者がいるかどうかが明らかでない場合
横断歩道の手前で、停止できるような速度(徐行)で進行しなければなりません。
追い越しの禁止
横断歩道の手前30メートル以内では、他の車を追い越し・追い抜きしてはいけません。
●横断歩道がない場所での「車の義務」(第38条の2)
横断歩道がない場所でも、車には歩行者を守る義務があります。
歩行者の優先
横断歩道のない交差点で歩行者が渡っているときは、その通行を妨げてはいけません。
徐行義務
歩行者のそばを通る時は、安全な間隔を保つか、徐行しなければなりません。
皆さん、この道路法、ご存じで走行していますか? 横断歩道に立って、手を挙げていても、何台も通り過ぎていくという経験ありませんか?
追記:言葉の圧力
私がウォーキングしているルートには、小学校があります。つい最近、その前を歩いていた時、子どもの声で「お前、空気を読めよ!!」という言葉が聞こえてきました。私はその一言に、とても違和感を覚えました。
「空気を読む」という言葉は、私たち日本人にとって、ある意味誇れる感性でもあると思います。けれど、その主体はあくまでも「私」です。
本来、「空気を読む」とは、言葉にされていない思いや状況を感じ取り、自発的に行動することです。私が接遇で大切にしている「相手を大切に思う」姿勢の結果でもあります。
しかし、それを「空気を読めよ」と他者に求めた瞬間、それは配慮ではなく、圧力として働いてしまうのではないでしょうか。
また、もう一つ思い出す言葉があります。「みんなが言っている」という表現です。これは多くの場合、相手を批判する場面で使われます。しかし、「みんな」と言っても、実際に全員がそう思っているとは限りません。むしろ、その言葉の中に発言者自身が隠れてしまうことで、相手に圧力をかける表現になってしまいます。
言葉は、本来、自分の中から生まれるものです。ですから、「空気を読めよ」と言われたときには、「私は、今はそれが必要だと思っていません」や「私は、今そうすることが苦しく感じます」と、自分の言葉で伝えることが大切だと思います。
また、「みんなが」ではなく、「私はこう感じています」と、自分を主語にして伝えることで、相手を責めることなく、自分の思いを伝えることができます。
こうしたコミュニケーションの方法を、アサーティブな表現と言います。





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