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傷ついた医療者を救う「医療ピアサポート」〜研修会で学んだ“寄り添いの技法”と私の想い〜 No57

先週からスタートした「海外アクシデントシリーズ」、たくさんの方に読んでいただきとても励みになっています。 「早く続きを!」という声が聞こえてきそうなのですが(笑)、今回は“鉄は熱いうちに”の想いで、つい先日参加したばかりの 医療ピアサポート の学びをお届けします。

2日間にわたりZoomの前でじっくりと向き合ったのは、日本医療安全学会・日本医療ピアサポート協会Heals共催の「メディカルピアサポーター養成研修会」です。 


研修はピアサポートの定義から始まり、国内外の現状、具体的な対応方法、環境づくり、そして実践的なロールプレイ(RP)まで、非常に密度の濃い内容でした。周囲の参加者を見渡すと、現在病院で医療安全管理者やメディエーターとして最前線で活躍されている方がほとんどのようでした。


現在、特定の組織に所属していない私が、なぜこの研修に足を運んだのか。そこには、私自身のこれまでの歩みと、胸の奥にずっと抱き続けてきた「ある強い思い」があったからです。


これまで私にとって「ピアサポート」といえば、がん患者さん同士の支え合い(がんサポートナースとしての研修経験など)という印象が強くありました。しかし今回のテーマは、患者側ではなく、医療事故などの当事者となった「医療事故による苦悩者・受傷者」へのこころのケアです。


私自身、過去に管理者の立場としてヒューマンエラーによる事故の当事者やご家族と向き合った経験があり、その苦悩は身に染みていました。

しかし今回、私を突き動かしたもう一つの背景には、これまでブログには書ききれずにいた、私の実姉の死があります。


年末年始の医療体制が手薄な時期、姉は体調を崩して受診し、数日後に自宅で心肺停止の状態で発見されました。解剖の結果は「多臓器不全」という言葉だけ。最後に姉を診た医師に面会すると、「数日前のデータで血小板値が異常に低かったため自宅に電話をしたが繋がらなかった。既に入院したものだと思っていた」と言われました。 もしあの時、もう一歩踏み込んだ連絡や配慮がなされていたら、姉の命は助かったのではないか――。

そんな遺族としての無念さと問いが、今も私の中にずっと残っています。


医療事故が起きたとき、被害者である患者さんやご家族の悲しみや怒りは、いかばかりかと思います。そして、そのお気持ちが医療者は痛いほど分かるからこそ、事故の当事者となった医療者もまた、「自分を責めて、責めて、責め抜く」という過酷な自己攻撃の迷路に入り込んでしまうのです。


かつてはこうした医療者を「第二の被害者(セカンド・ヴィクティム)」と呼ぶこともありましたが、患者さん側から見れば医療者が被害者になることは決してないため、最近では「医療事故による苦悩者・受傷者」という表現へと変わりつつあります。呼び方がどうあれ、彼らが抱える苦悩の深さは計り知れません。


さらに追い打ちをかけるのが、職場環境の「孤独」です。 周囲のスタッフには悪気はなくても、どう接していいか分からず「腫れ物に触るような態度」をとってしまいがちです。この「孤立」は、当事者にとってさらなる絶望の材料となり、結果として深刻な離職や、最悪の場合は自死に至るケースが多いことはデータでも示されています。


お互いの「物語(ストーリー)」を聴く対話の専門家として、そして大切な家族を医療の狭間で亡くした一人として、組織の中で「影(シャドウ)」に追いやられそうな医療者の命を救うアプローチを、私はどうしても学びたかったのです。


“Being, Not Doing” ――ただそこに居るということの難しさ

では、実際に周囲の私たちは、傷つき孤立した仲間にどのような言葉をかけ、どう寄り添えばよいのか。その具体的な「聴き方」の難しさと尊さを、後半のロールプレイ(RP)を通じて深く実感することになりました。


私の講座でも同じような手法のRPを実施しますが、この研修会でも「当事者の医療者」「ピアサポーター」「観察者」の3つの役割を順に交代しながら体験しました。


ピアサポートの原則は「傷ついた当事者への100%の集中」です。アドバイスをするのではなく、そばにいて、ただ聴くこと。つまり、“Being, Not Doing(何もしない、ただそこに居る)” という姿勢です。しかし、これが実際にやってみると本当に難しいのです。


自分がサポーター役や当事者役をしている時もその難しさを痛感していましたが、最後に「観察者」として客観的に対話を見たとき、その気づきはピークに達しました。


観察した事例は、事故の責任をめぐり「自分には責任はない、でも周囲から変な目で見られて辛い、訴えられたらどうしよう」と激しく葛藤している研修医のケースでした。 ピアサポーター役の人が、良かれと思って「そうですよね。大変ですよね。」と本人の言葉に同意するような返事をしたことで、相談者の感情や思いがさらに過剰に高まっていく様子が見て取れました。


RP終了後の振り返りで、Heals共同代表の和田仁孝先生から非常に重要な教えをいただきました。

「『共感』と『同意』は違うので、厳重に注意してください」

他の指導者の方からも、「そうですよね」と同調するのではなく、「そうでしたか」「そうなんですね」と、『相手の言葉をそのまま受け止めるようなアプローチの方が良い』とアドバイスをいただきました。


また、相談者から答えの出ない質問を投げかけられた際も、ピアサポーターは回答をしてはいけない、ただ共感してそこに居続けることが大事であること。 そして、すべては厳しい守秘義務の中に守られますが、唯一の例外として、相談者に「自殺念慮」などの危機的状態が見られた場合のみ、専門科へ繋ぐ介入が必要であるという境界線も学びました。


ピアサポーターは、相手の苦悩を丸ごと受け止めるため、かなりの精神的疲労を伴います。だからこそ、サポーター自身を支えるためのピアサポート(支え手へのケア)も不可欠なのだというお話には、深く納得させられました。


誰もが傷つかない、調和のとれた医療現場を目指して

医療事故という悲劇が起きたとき、傷つくのは患者さん側だけではありません。沈黙の中で自らを責め、孤立していく医療者もまた、深く傷つき、ケアを必要としているのです。

医療ピアサポートの理論と実践を紹介されている和田仁孝先生が書かれたピアサポートの解説書の紹介。
医療ピアサポートの理論と実践を紹介されている和田仁孝先生が書かれたピアサポートの解説書の紹介。

もしご興味のある方がいらっしゃれば、ぜひ和田仁孝先生の著書『傷ついた医療者へのケア』(北樹出版)を手に取ってみてください。そこには、医療の現場に必要な本当の「優しさと対話」の理論と実践が書かれています。


誰のことも否定せず、孤立させず、お互いの苦悩に耳を傾け合える環境をつくること。


教育とは、単に知識やスキルを教えることだけではありません。傷ついた人が、もう一度安心して働き続けられる組織を育てること。


harmonia planet(ハルモニア プラネット)として、私はこのピアサポートの精神と、本当の「対話」のあり方を、これからの人材育成や組織づくりの研修の中で伝え、一人でも多くの人が安心して働き続けられる組織づくりに生かしていきたいと考えています。




 
 
 

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