秋祭り──受け継がれるものと、変わりゆくもの【見付天神裸祭】 No69
昨日(2026年9月19日)、私は約40年ぶりに生まれ故郷のお祭りを見に行ってきました。
静岡県磐田市の「見付天神裸祭(みつけてんじんはだかまつり)」です。
日本の秋祭りは、神話や農耕儀礼に起源を持ち、神々への感謝と共同体の安寧・繁栄を祈る文化として大切に受け継がれてきました。アメリカ留学や海外生活を経験した今、改めて日本の祭りを眺めると、ハロウィンやカーニバルのような個人の「陽気なフェスティバル」とは異なり、地域全体が一つの生命体となって祈りを捧げる独特の精神性を感じます。
◆ 3つの起源と、幼少期の記憶「悉平太郎(しっぺいたろう)」
今回改めてこの祭りの歴史を紐解いてみると、実は3つの起源説があることを知りました。
歓喜踰躍(ゆやく)の舞説(993年):菅原道真公を勧請した際、喜びのあまり踊った舞が始まりとされる神社の社伝。
人身御供・悉平太郎伝説(1308年頃):見付の地に現れた怪物を霊犬「悉平太郎」が退治し、その喜びから始まったという地域の伝承。
反閇(へんばい)説(民俗学的解釈):裸衆が拝殿で行う激しい「鬼踊り」は、大地を踏み鎮める呪術的な所作であるとする説。
私が子どもの頃から聞かされて育ったのは、2つ目の「悉平太郎伝説」でした。 祭りの醍醐味は、腰蓑(こしみの)を着けた裸衆の勇壮な練りだと思われがちですが、実は真骨頂は「真夜中の静寂と完全消灯」にあります。
◆ スマホの光すら許されない「本気の暗闇」
深夜0時過ぎ、花火の合図とともに、神輿(みこし)が通る町一帯の明かりが一斉に消されます。
タバコ一本の火すら厳禁。
怪物に悟られないよう神輿を移送するという伝承を守るためです。
昔は、もし家からわずかな明かりが漏れていようものなら、裸衆が怒鳴り込んできたほど徹底していました。
昨夜も、誰かが写真を撮ろうとスマートフォンの画面を点けた瞬間、裸衆に取り囲まれて制止されていました。
現代の生活で、街中がこれほどの「絶対的な暗闇」を作り出し、ルールを徹底して神を迎える光景は他にありません。見えない神聖なものへの畏敬の念が、今もなおこの地に息づいています。
◆ 暗闇の攻防と、深夜1時半の神事
昨夜は深夜0時半に神社の登り口でその瞬間を待ちました。
そこで目にしたのは、40年前には知らなかった厳格な神事の姿でした。
暗闇の中を神輿が駆けるように進み、その後を裸衆が追うのですが、神輿に直接近づくことは許されません。
榊(さかき)を手にした別の役員たちが「神輿と裸衆の距離」を保つために立ちはだかり、裸衆を必死に制止する──その激しい押し合いと練り合いの迫力に、息を呑みました。
すべてを見届け、宿に戻ったのは午前1時半。久しぶりに一緒に出かけた友人と、お酒を少し酌み交わしながら語り合い、床に就いたのは午前3時過ぎでした。「この何十年、こんな午前様なんてなかったわね」と笑い合いながら、心豊かな夜を過ごしました。
◆ 「継承の難しさ」から考える、組織と人の調和
しかし、この長い歴史を持つ祭りにも時代の波が押し寄せています。
参加する若者が年々減っているというのです。理由の一つには「ふんどしを締めて参加することへの抵抗感」もあると耳にしました。
伝統や厳格な規律をそのまま守ることの大切さと、時代や若い世代の感覚に合わせて柔軟に門戸を広げることの難しさ。これは地域のお祭りだけでなく、現代の企業や医療・介護の現場における「文化の継承と人材育成」とも全く同じ課題です。
「昔からこうだから」と厳しさだけを押し付ければ若い人は離れてしまう。けれど、核となる想いや敬意を失ってしまえば、本質が崩れてしまう。
相手の価値観を尊重し受け入れながら(人に優しく)、大切に守るべき目的やルールは明確に共有する(情報に厳しく)。 多世代が互いの違いを認め合い、伝統のバトンを心地よく次の世代へ渡していくための「対話」の大切さを、漆黒の闇の中を駆けていく裸衆の背中に重ね合わせていました。





「見付天神裸祭り」初めて聞きました。それほど厳格な 真剣な 祭事があるのですねー。
厳格な祭事、時代が変わり、世代が変わっていっても、お互いの価値観を尊重しながら ずっと受け継がれていくと良いですね。
久しぶりの午前様。心豊かな夜になって何よりですね〜🥰