ペットの看取りを穏やかに。愛猫・愛犬との別れから学んだ大切なこと 前編No32
- harmonia77
- 1月9日
- 読了時間: 3分
<共に歩んだ愛猫、Bスケとちーちゃんとの日々>
今回は、ペットの看取りをいかに穏やかに行うかについて、私自身の経験をお話ししたいと思います。。以前、職場の友人から引き取り手がいないと何度も依頼され、生後数週間のシャムミックスの兄妹を迎えました。来た頃は離乳食になったばかりで、2匹とも「ちびちゃん」と呼ぶほど小さくて可愛かったのですが、それではと思い、「ちび」の「び」を「B」と捉えて、黒の雄を「Bスケ(ビーちゃん)」、茶白の雌を「ちーちゃん」と名付けました。
アメリカ留学の際は、心苦しく申し訳ない気持ちもありましたが、両親に彼らを託しました。勉学に追われ、猫たちの様子を細かく確認する間もなく過ごしていたある日、不思議なことにBスケの夢を見たのです。胸騒ぎがして国際電話で確認したところ、16歳になっていたBスケがケージの中で亡くなっていたとのことでした。家族も私への連絡をためらっていたようです。

帰国後はちーちゃんを手元で世話し、21歳の時には高齢猫として表彰もされました。最期の半年間はシーズー犬たちと過ごし、寝返りもできなくなった彼女のために、私は昼夜2〜3時間おきに体位交換をして寄り添いました。最期は、私がデスクで仕事をしている足元で、何の音もさせずにスーッと安らかに旅立ちました。
<『未来長く』と願ったミーちゃんとココロ ―保護犬の現実と穏やかな看取りへの誓い―>
ちーちゃんの晩年、ブリーダーの廃業で行き場を失った2匹のシーズーを引き取りました。この子たちには、「未来長く、いつまでも元気でいてほしい」という切実な願いを込めて「未来(ミーちゃん)」と「ココロ(コーちゃん)」と名付けました。


来たばかりの彼女たちは散歩の経験がなく、肉球が子犬のようにぷよぷよと柔らかいままでした。そのため、散歩に出るたびに肉球が傷つき出血してしまい、その都度、動物病院で手当てをしてもらうことになりました。これはブリーダーからの保護犬にはよくある切ない現実です。
15歳になったミーちゃんが腎機能を悪くした際、獣医さんの指示で、私は自宅で皮下点滴の輸液と利尿剤の注射を続けながら看護しました。しかし、呼吸が止まった時、私は有ろうことか「ミーちゃん、死なないで!」と叫びながら心臓マッサージをし、2回ほど息を吹き返させてしまったのです。この時の猛烈な反省から、翌年ココロが16歳で召される時は、呼び戻すことはせず静かに看取ることを心に決めました。痙攣を何度か起こすココロを見て、夜中には抱えて夜間救急の動物病院へ駆け込むこともありましたが、最期は、静かに看取ることができました。


(後編へ続く)





コメント