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ACP(人生会議)とメメント・モリ|後悔しない最終章の選択【No.35】    

更新日:16 時間前

<はじめに:ACP(人生会議)はChoosing Wiselyの総仕上げ>

このブログでは、ACP(人生会議)とメメント・モリの哲学を通じて、人生の最終章を後悔なく迎えるための賢明な選択について考えます。

2035年問題(団塊の世代が85歳以上になり、死に場所が無くなると言われている)が問題視されて久しいですが、対策はというと十分でしょうか?

在宅に訪問すると、亡くなっても何方も引き取り手がいないなど、「生命の最後の時」における様々な問題に直面します。一般的に「エンディングノート」や「終活ノート」として整理されている方もおられますが、その中身は財産や葬儀の方法など、自分だけのものになっていたら意味のないものではないでしょうか。

この「最後の時」を、後悔なく、尊厳を持って迎えるための「賢明な選択」こそが、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)です。ACPは、前回のブログで触れたChoosing Wisely(賢明な選択)(Choosing Wisely Japan)の考え方を、人生の最終段階という最も重いテーマに適用する、まさに総仕上げだと言えます。


<ACPの哲学:「メメント・モリ」が対話の土台となる>

私たち誰もが避けて通れない、生命としての最後の時。でも、忘れてはいけないのは、最後の時があるから、今の時間が愛おしく大切な時間なのです。

ブログNo.25(【命の現場 体験談】患者の生死での看護師 の悲嘆への葛藤)でも触れた『メメント・モリ(死を想えば)』に繋がるのだと思います。この言葉には、「今を大切に生きる。生きていることを大切にしなさい」と言うメッセージが込められています。

ACPは、死を恐れて行うものではありません。 死を想うからこそ、今、そして最後まで、どう「いきるを育む」かという最善の選択をするための会議なのです。この「今を大切に生きる」という前向きな姿勢こそが、ACPの対話の土台となると私は考えています。

メメント・モリの墓石と、死を想うことで今を大切にする対話をする女性たちのイラスト。ACPに関わる4者(患者・家族・医師・ケアマネ等)が円形に繋がる対話プロセスの図。
「死を想うからこそ、今を大切に」——メメント・モリの哲学がACP対話の土台となる。ACPでは、患者・家族・医療者・支援者が対話を重ね、自己決定を支える関係性を築く。

<ACPのプロセス:自己決定を支える人生会議>

皆さんは、「人生会議」と言う言葉をご存じですか?医療者であれば「ACP:アドバンスケアプランニング(将来の医療やケアについて、本人の希望を踏まえ、家族や医療者などの専門家と繰り返し話し合い共有する)」と言う言葉であればご存じの方もおられると思います。

これまでIC(Informed Consent:インフォームド・コンセント:説明と同意)が重視されてきました。ICは、時間的節約のもとで書面での同意(同意書)が用いられるのが一般的で、検査・手術などの治療方針に対しての同意を求めていますが、パターナリズム化しているのが現実です。

一方、ACPは、自己決定するプロセスに重きを置いています。それは、人生の最終段階における医療やケア全般についての本人の意思を重視し、その意思の決定を支援するプロセスです。

ACPの話し合いには、患者ご自身はもちろんのこと、ご家族・主治医・看護師・理学療法士・ケアマネなど、関係する人々が参加します。話し合われた内容は共有記録として保存されますが、気持ちは移ろうものです。ご本人の気持ちの変化を日頃の関係スタッフが確認したら、その会議がもたれるようにする必要があります。

ACP(人生会議)をテーマに、テーブルで話し合う人物と「賢明な自己決定を導く取り組み」というメッセージが描かれたイラスト
ACP(人生会議)は、人生の最終章を後悔なく迎えるための、賢明な自己決定を支える対話です。

<ACPの壁:コンフリクトとメディエーターの必要性>

ACPの中で、「患者の意向」と「家族の感情」や「医療者の専門的な判断」がぶつかり、葛藤(コンフリクト)は必ず発生します。

特に、介護の過程での葛藤が深刻です。患者さんご本人は自宅で最後まで生活をしたいと願っても、ご家族は介護負担を考えて施設への入所を希望されるケースは多く、ご本人自体も、介護の負担を考えて施設を選択されるケースがあります。また、本当は専門的な施設が良いのに、入所費用の問題で自宅でのケアを選択せざるを得ないケースなど、本当に三者三様です。

こうした状況を正しく見る(バイアスの無い目)こと、そして言動の真意を受け止める察知力・洞察力を持つことが必要です。特に、コンフリクトの状態にある場合にはメディエーション(当事者間の対話を第三者として円滑にし、相互理解を促す役割)の技術が大変有効です。セルフ・メディエーションは、対話者の真意を引き出せるようコミュニケーションをする話術で、相手の真意を会話の中で見出し、相手に吐露させることが出来ます。


<結論:ACPを通じて「いきるを育む」支援を>

私たちの気持ちはうつろうものです。特に、病状などの確かな情報を得る毎に気持ちの変化はあります。

しばらく前にテレビで見た、乳がんで余命3ヶ月と言われた方が、生きる気力を無くしていた時、ご主人が連れてきた保護犬に皆が引っ張られていき、笑いが絶えない以前と同じ家族内の会話になっていったお話は、気持ちが変化する可能性と、生への意思が回復する力を私たちに教えてくれました。

この事例のように、「死に囚われていた心」が「生きる希望」へと向かう難局に直面した時、医療に熟知した経験豊富な看護師と相談できたら、いかがでしょうか。私は、定年退職した経験豊富な看護師が、その様な人たちに寄り添い、難局を乗り越えられる手助けが出来るのではないかと考えています。

新しい事業を推進する一方で、この考えを形に出来ないかと模索もしています。もし、この考えに共感頂ける方が居られましたらご一報ください。


私たちがACPを通じて目指すのは、「人に優しく、情報に厳しく」という信念を基盤に、葛藤を乗り越えて「いきるを育む」未来です。


<ACPの理想と、それを阻む壁>

しかし、どれほどACPを綿密に行い、メディエーションを試みても、組織的な判断、費用問題、感情的な圧力などの壁の前では、その努力には限界があります。

ACPで確立したはずの「自己決定権」が、いざという時、これらの壁に阻まれ実行されないリスクが常にあるのです。

私たちの声が届かない時、そして、権利が侵害されそうになった時、患者と家族はどこに頼り、誰が公平な立場でその権利を擁護してくれるのでしょうか?

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