【70代看護師の起業】人生の原点「支え支え合う」が育んだ力 No22
- harmonia77
- 10月31日
- 読了時間: 3分
<はじめに>
あなたは誰かを支えていますか?あるいは、誰かに支えられていると感じていますか?『支え支え合う』という言葉は、私の人生の原点であり、活動の全てを貫く信念です。そして、その隣には、私の事業の背景をなす「いきるを育む」という言葉が寄り添います。50年の看護師経験を経て70代で起業した私にとって、「いきる」は、生命の継続だけでなく、行動し、そこに存在することを意味し、「育む」は、互いに成長し合うスピリチュアルなプロセスを指します。今回は、その「支え支え合う」という思いがどのように育まれてきたのか、私の個人的な経験を交えてお話しします。 それは「見返りを求める」という意味ではありません。 人は誰もが、支える側にもなり、支えられる側にもなる。 その循環の中でこそ、人は尊厳を保って生きられる。 私はずっと、そのように感じてきました。
<中学時代の友情と、ささやかな寄り添い>
中学の時、クラスの女生徒の一人がよく学校を欠席していました。病気ではないと聞いていましたが、休んだ後は登校しにくくなるのだろうと、当時の私は思ったのだと思います。私の家からは少し遠回りにはなりましたが、朝、何度か彼女の家に立ち寄り、声を掛けて一緒に登校したことがありました。中学を卒業してからはお付き合いがなく、現在どのようにされているか分かりませんが、ご元気でいらっしゃることを願っています。ささやかな私の行動が、当時の彼女の力になれたのなら、それ以上の喜びはありません。

<父の闘病と、感謝が育んだ行動>
その後、父が胃がんで治療をしていた頃、私は既に神奈川県の東海大学医学部附属病院に就職しており、父のそばに寄り添うことが叶いませんでした。そんな中、看護学校時代からの友人が代わって父を気にかけ、声を掛けていてくれたことに、私は心から感謝しています。看護師としての立場から離れ、直接友人に感謝の気持ちを伝える代わりに、その思いを別の形として、地元でのボランティア活動に積極的に参加するようになりました。例えば、市中の掃除、川掃除や草取りなど、地域に貢献する活動です。そうすることで、回り回って、父を含め私にとって大事な人の支えになってくれることを願っていました。それは、誰かの支えが、また別の誰かに繋がっていくという「支え支え合う」循環への、私なりの願いだったのです。

<「見返り」ではない、純粋な願い>
こうした各種のボランティア活動をしていた頃、ある自治会の方から「自分に返ってくることを期待しているなら、すべきではない」と言われ、私は深く傷つき、自分の行動の意味を問い直しました。しかし、50年の看護師経験を経た今なら、はっきりと答えられます。それは「“返してほしい”」という思いではなく、「“誰かが誰かに支えられ、繋がり、その輪が広がっていけばいい”」という純粋な願いだったのだと。あの時の言葉は、私の信念を揺るがすのではなく、むしろ**「支え支え合う」**という原点をより明確にするきっかけとなりました。私は、70代となった今、いずれ自分も支えられる日が来ることを知っています。だからこそ、今は、支えられる側になる前に、支える側として精一杯生きたい。この揺るぎない思いこそが、70代の挑戦を支える私の原点です。






コメント