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患者の権利オンブズマン東京:活動継続の課題と、医療・福祉の現場を支える市民の情熱   No27

<久しぶりの再会と変わらない思い>

先週に引き続き、久しぶりの東京で、患者の権利オンブズマン東京の市民ボランティアの皆さんとの楽しいランチの時間を過ごすことができましたのでそのお話から。

顔を合わせるなり、皆さん持ち寄った手土産の交換会から始まり、以前同会の忘年会で利用したことのあるレストランでの食事と共に、懐かしい顔ぶれで会話が弾みました。

しかしながら、会話は楽しい内容ばかりではありませんでした。それは、オンブズマンとしての活動継続の問題です。

患者の権利オンブズマン東京の市民ボランティア(初老の女性5名)による和やかなランチ風景。活動の現状と将来について語り合っている様子。
再会を喜ぶ市民ボランティアの仲間たち。この楽しい会食の場で、活動の継続という重要なテーマについても話し合われました。

<😷 活動継続の難しさと歴史の変遷>

困難な状況

私は2020年に神奈川県から浜松市に移住したことで、オンブズマンの活動継続が実質的に難しい状況になりました。この時期はコロナ禍でもあり、人と直接会うことを避けなければならない状況だったため、活動の主である医療・福祉に関する患者・家族の苦情相談の面談ができなくなり、活動が縮小していきました。さらに、この状況以前から、市民相談員の高齢化が進み、新規の若い参加者がないことが大きな課題でした。


<患者の権利オンブズマン東京の歩み>

患者の権利オンブズマン東京の歴史を少し振り返ります。

  • 1990年代前半: 医療事故や権利侵害事例が社会問題化し、市民主体の第三者機関の必要性が議論され始めました。

  • 1999年: 6月20日に福岡市で「患者の権利オンブズマン」が発足し、市民と法律の専門家の協働モデルが誕生。同年12月10日、**NPO法人認証(日本最初の医療オンブズマン)**を受けました。

  • 2000年代: 福岡の活動実績が全国に評価され、活動が九州・関西・関東へと広がる契機となりました。後半には、患者の権利オンブズマン全国連絡委員会が機能し、市民相談・苦情調査が定着しました。

  • 2010年前後: NPO法人患者の権利オンブズマン福岡は、体制の変化などを背景に解散 。東京・関西なども任意団体化での活動へ移行し、患者の権利オンブズマン東京では面談相談やニュースレターの定期発行が続けられました。


<📝 私の活動とニュースレターへの思い>

活動への参加

私の関わりは、2007年にHSP(東京大学医療政策人材養成講座)を受講した際、患者の権利オンブズマンで活躍されていた大山正夫さんも受講されていたことがきっかけでした。大山さんの勧めで2008年より患者の権利オンブズマン東京の活動に参加。医療福祉専門相談員として相談会に参加するほか、ニュースレターの編集委員としても活動を始めました。


編集担当としての奮闘

編集委員の活動を始めて1年余りで、大山さんが体調を理由に役員を辞められたため、私が後を継ぎ編集を一手で引き受けることになりました。当時、私は民間病院の看護部長職後、訪問看護ステーションや看護学校の非常勤講師の他、民生・児童委員、地域の健康ミニカフェ「お達者倶楽部」の主催など、多岐にわたる活動をしていました。そのため、一時は自分の仕事以外に、オンブズマンのニュースレター構成、民生委員の仕事、健康ミニカフェの開催準備などが重なり、ニュースレター構成は徹夜になることも少なくありませんでした。

しかしながら、その時私は苦とは感じていませんでした。むしろ、やりがいがあり、日々の生活に張りが出ていたのです。


<🤝 オンブズマン活動の意義と将来>

やるせなさと原動力

今回、オンブズマン東京の市民ボランティアの皆さんとお会いし、現在の活動状況を伺う中で、活動の衰退に対し、残念な思いというよりもやるせなさを覚えました。

オンブズマン活動が始まった頃、医療事故がニュースで取り上げられることが多く、実際の相談の背景には医療者と患者・家族とのズレが多くありました。医療現場では、対話不足や構造的な歪みから、患者・家族が声を上げにくい場面が少なくありません。オンブズマンは、そのすき間を埋める市民の活動です。

私が今、個人事業として活動を始めた動機のひとつに、このオンブズマンでの経験があります。


<現状と未来への決意>

コロナ禍では、患者・家族の苦情相談は電話が中心だったそうですが、現在は、数は少ないながらも直接相談を行っているそうです。しかし残念ながら、ニュースレターは1年以上発刊されていません。(※後で、聞いた話では、来年には発刊されるとのことでgood newsです)

東京都では、患者の権利オンブズマンの活動が評価され、東京都保健医療局所管の協議会にオンブズマンより1名が派遣されています。具体的には、都内医療機関の「医療安全」に関する議論を行う東京都医療安全推進協議会、および都内救急医療体制について検討する救急医療対策協議会です。

まだまだ医療・福祉の現場では、双方の間で問題が起きています。たとえ規模が小さくなっても、その役割は失われていません。必要とされる限り、灯を絶やさずに続けていくことが重要だと感じています。その思いの強さから、会食の席で私は「相談会に、私も浜松から駆けつけますのでお知らせください」と思わずお願いしてしまいました。


<🎨 患者の権利オンブズマン東京 ロゴに込められた意味>

患者の権利オンブズマンのロゴ。マゼンダ色でTOKYOが書かれ、その下に相談者と市民相談員が向き合っている構図のイラストでピンク色とオレンジ色。それをバランスを取るグリーンの矢印は中立を意味している
患者の権利オンブズマン東京のロゴ。相談者、市民相談員、中立の立場の3者が向き合い、信頼関係を築く様子を表現しています。

私が積極的に活動していた折、同会にロゴがないことが気になり、下記のロゴを作成しました 。現在も使用されていますので、その意味をご紹介させてください。

  • ロゴの形:

    • 「相談者(ピンク)」

    • 「市民相談員(オレンジ)」

    • 「中立の立場で支えるオンブズマン(グリーン)」の3者が向き合い、信頼関係を築く様子を示しています。

  • 色に込められた意味:

象徴する人

意味

💚 グリーン

中立の立場で支えるオンブズマン

バランス、調和、安全と自由、中立的なイメージを持つ色。寛容さや良識、理解力をもたらし、安全や保護のイメージがあります。この矢印自体がバランスを意味し、当会の立場を象徴しています。

💗 ピンク

相談者

やすらぎ、リラックス、健康、愛、幸福感を表す色。ご相談者にこうあってほしいという願いが込められています。

🧡 オレンジ

市民相談員

活動的で軽快なイメージ、自然で直情的な陽気さを表す色。自信や勇気、朗らかさ、積極的な姿勢だけでなく、健康、活力、創造力、喜びをもたらします。

TOKYO(マゼンタ)

「患者の権利オンブズマン東京」の「東京」

やさしくて、温かく、保護してくれる色で、すべての色の中でもっとも洗練された色。献身、尊敬、感謝の気持ちなどがこの色の持つ特有のイメージです。


 
 
 

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