皆保険制度の危機と賢明な選択:Choosing Wiselyと人生の「不必要なもの」 【前編】No28
- harmonia77
- 2025年12月12日
- 読了時間: 4分
No25【命の現場 体験談】患者の生死での看護師 の悲嘆への葛藤の最後で、次の記事としてご紹介をしていましたが、直近の内容があったため変更させていただきましたが、予告通り今回お話をさせて頂きます。
< 医療から生まれた「Choosing Wisely賢明な選択」という知恵>
「Choosing Wisely(賢明な選択)」という言葉を知ったのは、まだ半年前のことです。
Choosing Wiselyは2012年、米国医療専門職団体ボード(ABIM)財団で提唱が始まった国際的な活動です。当初の目的は、各医療専門家に「不要と思われる5つの医療行為」のリストを作成してもらい、過剰医療の問題に対してキャンペーンを行うことでした。この活動は国際的な広がりを見せ、現在は米国の他、カナダ、英国・オーストラリア、日本など20ヶ国以上で展開されています。
Choosing Wiselyとはと調べると「医療者と患者が、対話を通じて、科学的な裏付け(エビデンス)があり、患者にとって真に必要で、かつ副作用の少ない医療(検査・治療・処置)の賢明な選択をめざす、国際的なキャンペーン活動」と出てくることも有りますが、意味的には「賢明な選択」と言うことです。日本では2016年にChoosing Wisely Japanとして活動が始まり、私もその勉強会に参加させてもらっています。
< 国民皆保険の危機と現場で生まれる「無駄」>
私がChoosing Wiselyについて学び始めたのは、皆さんも耳にされたと思いますが、今年(2025年)に入り、皆保険制度の危機が叫ばれる中で、高額療養費制度の自己負担限度額の見直しが議論されたことがきっかけでした。国民にとってこの素晴らしい制度は絶対維持していかなければいけません。
では、医療費を無駄に使っているところはないでしょうか?
一つには、医師から処方された薬です。家の中に、無駄に薬が転がっていることはありませんか?そう言う私の家にも実はあるのですが……。保険診療では、薬の費用は1割・2割・3割負担で手に入りますが、残りの9割・8割・7割は私たちが納めている保険料から支払われています。在宅を訪問すると、戸棚や押し入れから山ほどに薬が出てくることがあります。
これは、患者さん自身が頓用なので必要とされていないものが貯まって行ったり、認知症などで薬の管理ができなかったり、医師が多忙な中で状況を把握できずに定期で処方していたりという構造的な問題が背景にあります。患者さんから残薬の状況をお知らせすることも重要です。私は、最近、受診時、特に頓用で使用するものについては残薬も含め必要量をメモにして受診手続き時に受付に出しています。

検査も同じことが言えます。保険適応できる回数が決まっているために、その回数限度までギリギリの期間で、それぞれの患者さんの状況での指示ではなく、全て定期的に採血・レントゲン・心電図が実施されることがあります。
「賢明な選択」とは、決して必要な治療をしないということではなく、「限りある大切な資源を、本当に必要な人の将来のために残す」という、国民一人一人の連帯の意思なのです。
<賢明な選択の哲学:「不必要な経験」と「自己破壊の行為」>
このChoosing Wiselyの考え方は、私たちの日常生活にも通じます。物の浪費や時間の浪費、あるいは健康を害する薬物依存やアルコール依存なども同じです。
ただ、ここで立ち止まって考えたいのは、「人生において、本当に不必要な経験などあるのだろうか?」という問いです。
一見無駄に見える寄り道や失敗、後悔さえも、私たちを形作り、その人自身を育むかけがえのない糧となるのは間違いありません。
しかし、「賢明な選択」が避けるべきと提言するのは、その「成長の土台」である「将来の自己決定権」や「回復が極めて困難な健康」を破壊してしまう行為です。例えば、薬物依存やアルコール依存のように自らの選択肢そのものを奪ってしまう行為こそ、私たちが賢明に避けるべき「不必要なこと」なのです。
この「賢明な選択」とは、単に無駄を省くことではなく、「最も大切な土台である自己と健康を破壊する行為を、自ら進んで避ける知恵」であり、「将来の自分への投資」として、今、守り抜くべきものを明確に選び取る勇気なのです。
この考えを、医療の現場で、私たちはどう実践すべきでしょうか?組織の論理や人間関係の摩擦がある中で、患者さんの最善の利益を守り抜くためには何が必要なのか。次回のブログでは、私の実際の経験から、現場で「人に優しく、情報に厳しく」を実践する具体的な事例をお話しします。





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