民生委員の活動は“ありがとう”だけではない ー拒否と不信の中で学んだ地域支援の本質ー No63
- harmonia77
- 1 日前
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1. 民生委員の活動は「月一度の会合」だけではなかった現実
当時の私は、病院で看護部長を務める多忙な日々を送っていました。地元の方からの「なり手がいなくて困っている」という切実な声に押され、引き受けた民生委員。
「月に一度の会合だけ」そう聞いて引き受けた民生委員でしたが、現実は全く違いました。
5月には高齢の方の家を一軒ずつ回り、健在把握をする仕事もありました。
担当区域の75歳以上の30~40件ほどの世帯を一軒一軒回る中で、私は本業との両立の難しさを実感し始めます。
それでも「やるからには顔の見える関係を」と、自作の自己紹介ビラを手に、地域へ一歩踏み出しました。

※掲載画像は地域名を削除した上で、民生委員活動の紹介資料として個別に使用していました。
2. 民生委員活動の現場で起きた3つの事例と学び
民生委員の活動は、決して「歓迎されること」ばかりではありません。むしろ、拒否や不信感という高い壁に阻まれることがあります。
【事例1】専門職ですら慎重になるケースでの「二人一組」
隣人とのトラブルを抱え、地域包括支援センターから見守りを依頼された独居の方。
センターの方々も「二人体制で訪問している」と聞き、私はボランティアの身として一人で深追いせず、他の民生委員に同行をお願いしました。
自分の安全を守り、支援を止めないための「冷静な危機管理」が必要な場面でした。
【事例2】玄関ベルの拒絶が、路上での「再会」に変わるまで
同居する息子さんから訪問を強く拒まれ、玄関ベルを鳴らしても応答がない日々。
それでも、私は隣人から様子を伺い、その方の存在を心に留め続けました。
ある日、駅での用事のついでに、ふと人だかりを覗き込んだ時、私はあの方を見つけました。
路上で倒れている姿。すぐに車椅子を借り、関係各所へと繋ぎ、最終的には娘さんとの連絡が取れるようになりました。日頃から気にかけていたからこそ、咄嗟に手が動いた瞬間でした。
【事例3】エスカレートする近隣トラブルと、情報の盾
聴覚障害のある高齢者宅を訪問していた際、近隣住民から切実な相談を受けまし
た。
「家を見張るな!」と、その家の息子さんが怒鳴り込んでくるというのです。
それだ けではありません。相談者の息子さんが仕事に行く際、あちらの息子さんが後 を付けて職場まで行き、同じようなことを言ってきたというのです。恐怖に怯える近 隣の方に、私は「寄り添う」ことを続けながら、同時に一人で抱え込まないよう、地 域包括支援センターや市の担当者へ即座に状況を共有しました。
そして、後に相手方のお姉さんとも情報共有することができました。
解決できない問題だからこそ、組織として情報を共有し続ける。それが自分と地域を 守る術でした。
3. 結び:民生委員活動が教えてくれた地域の絆の大切さ
受諾から半年後、私は長年務めた仕事を退職し、活動の軸を地域看護へとシフトさせました。暮らしの現場で起きている「不確かなこと」を見守り、繋いでいく。そこに、本当の支え合いの原点があると感じたからです。
「広げよう 地域に根ざした 思いやり」 あの時作ったビラに込めた想いは、今も私の事業「harmonia planet」の根底に流れています。
最後に、事例に関しては、個人が特定されないよう配慮して記述しています。





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